「富嶽三十六景」など生涯を通して3万点以上の作品を描き残したといわれる画狂老人浮世絵師・葛飾北斎。
彼には、仰天エピソードがいくつも残っていますが、その中の一つに「引っ越ししすぎ問題」というのがあります。
わし、引っ越しだ〜いすき!
親父殿は、家が汚れたら掃除する前に引っ越ししてたよね
今回はわしの引っ越しエピソードについて語っていくよ!
ちなみに、北斎の仰天エピソードシリーズを他の記事で書いているので、興味がある方はぜひ読んでいただけると嬉しいです⇩
人生で93回も引っ越しを繰り返す
北斎は引っ越しと改号(ペンネームの変更)を何度も繰り返したというのは有名な話です。
同じ時代を生きていて、『南総里見八犬伝』などでも有名な作家・滝沢馬琴はその姿を見て呆れていたという文献まで残っています。
生涯で93回も引っ越しを繰り返しましたが、そのうち新居を構えたのはたったの一度だったそうです。
自宅が火災に見舞われた時
火事と喧嘩は江戸の華。
なんて言い伝えられているほど、家事は江戸の名物。
北斎もその火事に見舞われたことがありました。
北斎が80歳になった頃、火災に見舞われ家を失います。
その時北斎は、筆を握りしめたままの姿で家を飛び出し、振り返りもせずに逃げ去ったと言われています。
掃除は眼中にナシ
門人・露木為一の絵には、北斎と娘・応為が自宅で絵を描いている姿が描かれています。
この絵には、散らかし放題の室内に、家財道具であるコタツと日蓮像を納めたみかん箱ぐらいという、飾り気のない質素な暮らしぶりが描かれています。
また、あまりの汚れに耐えかね、一日で三回も引っ越しをしたという逸話も残っています。
部屋が汚れて我慢できなくなると、筆を持ったまま家を飛び出し、新しい住居を探し始めたという話も残っています。
おそうじはいやだよ〜泣
まとめ
葛飾北斎が93回も引っ越しを繰り返したという事実は、彼の自由奔放な性格や、芸術に対する情熱を物語っています。
さらに詳しく知りたい方は東京のすみだ北斎美術館を訪れてみるのもいいかもしれません。
北斎の作品を多数所蔵しており、彼の生涯や作品について詳しく学ぶことができます。
私たちは化政文化にインスパイアされた現代的音楽を制作しています。
ぜひ聞いてくださると嬉しいです。
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